スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

黄檗宗葉室山浄住寺(淨住寺)が特別公開!

なんだか、ものすごくブログ久々です。
日頃からお世話になっている黄檗宗のお寺浄住寺さんが秋の特別公開です!
今までは知る人ぞ知る!
という寺でしたが、これで有名になりますね。
隠れた紅葉の名所?だったんです。

このお寺は公家の葉室家の菩提寺で葉室さんにも普段からお世話になっていますので、私も凄く嬉しいです。
浄住寺に関しては去年に別のブログで書きましたので、こちらもご参照下さい。
葉室家の家紋についてもそちらで簡単に書かせて頂いております。(こっちでしろよって話しですがw)
https://ameblo.jp/devilark666/entry-12186594094.html

っというわけで、嬉しくなって思わず久々のブログを書かせて頂きました。
(簡単すぎるだろって話ですが。。。)


さて、普段は主にfacebookで活動報告ばかりしており、ブログ等々はなかなか更新出来ていませんでした。
実は先日和文化遺産活用企画という団体を立ち上げました。
神仏習合の良き日本の文化を再活用したい!
そんな想いから立ち上げました。
明日11/23(木・祝)は「闘うお坊さん!~現代の武僧に学ぶ動く瞑想~」【仏教・武術・瞑想】というイベントを行います。
詳細は和文化遺産活用企画のブログよりご覧下さい。
今後も和文化遺産活用企画では様々なイベントを行っていきますので是非ご注目頂ければ幸いです。

また、私が主催する京都家紋研究会でも近いうちに大きな出来事がありそうです。
さらに!
私自身も凄く面白いことがあると思いますよ!
賛否両論になりそうなものではありますが、一つ言えることは「家紋に対して間口を広げる大きな出来事」となるということです。
年明けから徐々に分かってくるかも?

っというわけで、簡単な近状報告でした!

スポンサーサイト

家紋・祇園・モデルのイベントやります

ブログの更新をすっかり忘れておりました。
私は基本的にfacebookにおります。facebook上では家紋に関する投稿も行っております。興味あれば是非。

月に一度は「家紋四方山話」と題したタイトルで家紋の講座を行っています。
家紋に関する様々な内容を毎回話を変えてお送りしています。
京都では7月に入り、祇園祭が始まりました。
祇園祭や祀神である牛頭天王を知って頂こうと、「祇園祭講座」を行っています。(三回同じ内容で行います。一回目は7/2(土)でした。
また、私の主催する京都家紋研究会の初のイベントもあります。

以下が私が行っているイベントです。(リンク先は全てfacebookです。申し込みはfacebook上から行えますが、メールなどでも申し込みも可能です。

【祇園祭】祇園四方山話【牛頭天王】(イベントNo.51)
https://www.facebook.com/events/190370481360711/

【祇園祭】祇園四方山話【牛頭天王】(イベントNo.52)
https://www.facebook.com/events/1787349578165133/

<美しく見せよう!>現役モデルが教える着物・浴衣での美しいポーズの取り方
https://www.facebook.com/events/1229337473745436/

新家紋講座 家紋漫談(イベントNo.53)
https://www.facebook.com/events/1196710460360096/

曹洞宗金龍山清源寺と明田氏

我が家の家紋は割梅鉢という。これは梅鉢紋の中心を刳り抜いた紋。
自分の家のルーツを追うとともに梅鉢紋の謎も追っている。
割梅鉢

この割梅鉢に似た紋である割六つ梅鉢、及び六つ梅鉢を2011年に本能寺墓地で見つけて以来、様々な箇所で見つけている。
それらは全て「明田」姓であり、明田姓以外で見られないことから明田氏の独占紋とみても良いだろう。
六つ梅鉢割六つ梅鉢

今年2016年になってから不思議な縁で知り合ったとある人物がいるのだが、
その方と話をする機会があり、私が見つけた珍しい紋などを見て貰いながら家紋の話をしていた。
明田氏の家紋をたまたま見ていた時私が
「これの紋はうちの家紋に似ているけど、紋帖にはない。明田さんという名字だけにみられて・・・」と言ったとき、
「私の親類の寺の檀家さんが明田さんばかりなのです!」と仰った。
驚きを隠せなかった私は即「紹介して欲しい」と即連絡を取って貰い、後日、その寺へ向かうことになった。
その寺はタイトルにも書かせて頂いた「曹洞宗金龍山清源寺」であった。


曹洞宗金龍山清源寺
清源寺
京都府南丹市八木の寺、「曹洞宗金龍山清源寺」は木喰上人が逗留し、上人の目標であった、千躰の仏像を彫り終えた地。
元々天台宗であった寺で、付近の地形や現在残る地名、寺にかつてあったというお堂やその他情報などから推測すると、どうやら小比叡山のような世界を構築したと思われる地の中心的お寺のようだ。
こちらのご本尊は阿弥陀如来座像ですが、手を隠されている非常に珍しいもので、通称「手隠し阿弥陀」。
木喰上人の彫られた羅漢像も当然良いが、お参りの際はご本尊に手を合わされる時に、この非常に珍しい阿弥陀様も注目してみるとよいだろう。

寺にお伺いしたとき、ご住職がせっかくなのでと、檀家さんを呼んで下さった。
ご住職はこちらに来られて5年ということなので、詳しい話は檀家さんの方が詳しいと言うことで及びだて下さった。
檀家さんである明田さんから様々なお話を伺うことが出来た。
位牌や墓も見せて頂いたがほぼ明田氏であり、そこに入れられていた家紋はやはり割六つ梅鉢や六つ梅鉢であった。

明田氏が現在のこの地(南丹市八木)に来たのは応仁の乱での敗戦からであるという。
高槻市には明田町、京丹後市に大宮町明田という地名がある。
これらの地はまだ調べてはいないが、現在の明田氏の中心地は間違い無く八木である。
明田氏は明智氏の流れを汲むという伝説があるが、檀家の明田さんにその件をお伺いしたところ、縁もゆかりも無いそうだ。
「明智は明田の後に亀岡に来たから関係無いと思いますよ」
と笑っておられた。
明智氏が土岐氏族では無いという話もあり、明田氏が土岐氏族との関連も無いとのことで、たまたま南丹市や亀岡市付近で近かっただけの話が世に広がったのかもしれない。

さて、肝心の家紋のことだが、明田さん曰く、「七曜に剣をつけたもの」の可能性が高いという。
応仁の乱において星紋といえばやはり細川氏の九曜である。
敗戦して八木に来たということであれば西軍に属していたのであろうか?
それとも?
色々な考察は出来ると思うが、資料が無いため、想像にしか過ぎない。

今回のエントリーでは触れないが、梅鉢紋は元々は星紋ではなかったか?と私は考えている。
明田氏の家紋が七曜に剣をつけた紋であることが事実であれば、その可能性が大きくなってくるのではと思う。
因みに梅鉢紋が星紋であるという可能性についてはそれなりの確証があり、また後日こちらのブログでも書かせて頂けると思う。

そして今後も明田氏については追っていこうと考えている。


御朱印のご紹介

清源寺さんに新作の朱印が登場しました。
木喰上人の「釈迦如来」の朱印です。(下記右写真)
釈迦如来に木食瓢箪をあしらったこの朱印は書き置きのみで、日付は入りません。
限定では無いですが、ほぼ限定に等しい朱印のようですので、ご興味のある方はお早めに。(要電話確認)
木喰上人はお酒好きだったようで、木喰上人が吞むのに使ったであろう瓢箪を朱印のデザインに使っておられます。
実はこの瓢箪ですが、ご住職が育てられている瓢箪を割ったものを版として使っておられるとのことです!
通常の朱印は「木食羅漢尊」。左写真の左側のもので、右側は旧タイプのもの。
朱印限定朱印

ご無沙汰です

ずいぶんと放置していました。
変わらず家紋研究しております。

最近、家紋を制作して欲しいなどのご依頼を多く受けております。
「家紋を新しく作る」ということは珍しくありません。
家紋はいわゆる庶民は明治に入ってから作った家は多く、家紋がどの家にもある(もちろん現在も無いお家は存在します)ようになってきたのは戦後の近代化のタイミングからだと思われます。
家紋を新しく作るのは家紋が無いお家だけではなく、「わからなくなった」「家紋を変えたい」という理由などが多いです。
「家紋を変えたり新しく作ってはいけない」という法律はもちろんありませんし、そんな習慣もありません。
家紋は基本自由です。
ですが、自由だからと言って、好き勝手するのも問題あると思います。
家紋と名字は元々対でありましたから、なるべく名字に対となる家紋のモチーフを選ぶのが良いかと思われます。
家紋は様々な制約から発展し、進化してきたものです。
まずは紋帖や家紋事典などをよくご覧になって、その上で専門家に相談するのが良いでしょう。

家紋は単なる模様ではなく、家を守る為の印です。
つまり意義や意味や主張の無い紋は単なるデザインにしか過ぎないのかもしれません。
着物の背中に家紋を入れる理由も「背守り」としての意味合いが強いです。
いわゆる「霊」は背中から入り込むとも言われ、気の動きでも背中は重要なポイントだそうな。
背中は自分の目の届かないところであるがゆえに家紋を付ける事で自分自身も守っているのかもしれませんね。

いよいよお盆です。
墓参りへ行かれる方も多いでしょう。
自分の家の家紋をご存じ無い方はご自分の家の墓に家紋がちゃんと刻まれているか確認してみてくださいね。
もし入っていない場合、家紋はちゃんとあるのかどうかを親や親族に聞いてみるといいでしょう。
もちろん分からないことも多いと思います。
そんな時は家紋の専門家にまず相談してみると良いと思います。
毎年のことですが、お盆や正月などの一ヶ月くらい前辺りから、私の著書『日本の家紋大事典』が動きを見せています。
やはり親族が多く集まる時期などには家紋が気になってくる方が多いのかもしれませんね。
少しでもお役にたてたら幸いです。

関係ないですが、いつか1万点を越える家紋を掲載した本を出したいなと考えてます。
非常にマニアックな本ですから、欲しい人いるかどうかは分からないですが。。。

それではまた。

京都府下の寺社紋(寺紋・神紋)

日本の紋章には種類が様々ある。家紋もその中の一つであると考えるのが望ましい。
今回のメインテーマは「寺社紋」。読んで字の如く、「寺の紋」「神社の紋」のことである。
寺院が使う紋章は「宗紋」と寺紋」に別けられる。
宗紋は宗派による紋章。その多くは総本山などの寺紋を宗紋としているケースが多い。
寺紋はその寺の紋章だが、本来は宗紋と区別するもの(?)だが、寺紋が宗紋であるというケースもある。
神社が使う紋は総称として「神紋」といわれる。
神社が祀る御柱の象徴の紋章が本来は「神紋」であり、神社、つまりお社やお宮の象徴の紋章を「社紋」という。
しかし神紋と社紋が同じであることが大多数であるため、御柱の紋章も神社の紋章もひっくるめて「神紋」と呼んでいる。

私は家紋の研究のために、当初は墓地のみを巡っていた。
京都という場所にいながら、神社や寺に興味がなく、家紋のみに焦点をおいていた。
しかし気づけば、寺にも興味を持ち、その付近にある神社にも興味を持つようになった。
やがて、寺や神社の紋の収集も行うようになるが、訪れただけでは紋が何か分からないことも多々ある。
必ずしも神社で紋が見られる、寺で紋が見られる、というわけでも無いのである。
そこで「寺紋・神紋」をまとめた本や文献は無いのだろうか、と調べてみるが、これが無い。
家紋研究家の故丹羽基二氏の『寺紋』『神紋』以外に資料が見当たらない。
全国の寺社紋を調べる、網羅するのは非常に困難である。
今後のテーマとして、徐々にやっていくのは良いかもしれないが、まずは地元の京都から攻めていくのが一番であろうと思った。
現在、私が現在調べているのは京都府下の寺社紋があくまでも中心である。

寺紋を調べるにしても分からない所は連絡先があると電話で聞いてみたり、実際にお伺いして聞いてみたり。
神社についても同じである。
調査を行っていくと大変なのは無人の神社。
実際に訪れて、神紋が瓦などに見られれば良いが、そうでないことが多い。
隈無く探してみるが見つからないことは多々ある。
無人神社の多くは別の神社が兼務しているケースがあるため、そちらに伺って聞くことも可能なこともある。
しかし町中の無人神社の場合はどこが管理しているか、よく分からないことも多い。
個人で管理しておられる場合や店(会社など)が管理しているケース、町の管理のケースや自治体の管理のケースなど様々である。

実際、非常に困ったのが松原道祖神社の神紋である。
インターネットで祭事の様子の写真が見られたが、その幕には「左三つ巴」があった。
巴紋は「神社=巴」とされることもあるので、本当にそれが神紋であるかどうか疑わしいと思った。(もしかしたら無いかもしれないと事前に情報は得ていた)
様々な方法でようやく知ることが出来たが、私のイヤな予感は的中で、
「松原道祖神社の神紋は不明。無い可能性がある。祭事で使われた巴は神社だから巴のような感覚で入れたものであり、特別な意味も無い。左三つ巴、右三つ巴と違って入れていることもあるが、これにも意味は無い」
このような事実があった。

そして非常に困ったのが宗紋。宗紋のまとめのようなものがどうやら存在していない。
例えば装束店などではそのような資料があるのだろうが、一般の人間が一覧に触れることはほぼない。
ネットで調べてみてもイマイチよく分からないケースもある。
宗紋は必ずしも一つではなく、寺によっても使用状況が違うのである。

本能寺にお伺いし、寺紋について伺った時のことである。
私が家紋研究家であることを告げ、寺紋のことや宗紋のことを伺い、
「いつか宗紋や寺紋、神紋などをまとめた本を作りたいんです」
と伝えると、
「是非、作って頂きたいです!我々も欲しい」
そう仰った。
他宗派の紋を知らない方も多いとのことで、そのような本があると非常に便利だと言うのだ。

私が今一番やりたいこと。それは寺社紋を網羅した本を書くこと。
全ての寺社紋を網羅したものが理想であるが、まずは京都に絞った「京都寺社紋」の本を書きたい、そう思っている。
これは家紋の研究にもちろん繋がることである。
いつになるかは分からないが、数年内にはなんとか出したいものだ。
理想は出版社から出すことだが、自費出版しか手はなさそうだ。
さて、どうなることやら。

下記画像は私が描き下ろした寺社紋の一部である。(神紋、宗紋、寺紋が混同された状態ではありますが)
京都府下寺社紋小
プロフィール

森本勇矢

Author:森本勇矢


京都市在住。40歳。
本業である染色補正の傍ら家紋研究家として活動する。
京都家紋研究会会長。日本家紋研究会副会長。
月刊『歴史読本』への寄稿をする他、新聞掲載・TV出演など。
著書『日本の家紋大辞典』(日本実業出版社)
家紋制作、家系調査などのお仕事お待ちしております。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
訪問者数
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
1015位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
130位
アクセスランキングを見る>>
リンク
オススメ本

Twitter
カレンダー
03 | 2018/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。