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2014-04-02

京都五條天神宮の神紋(社紋)の正体

京都市下京区に「五條天神宮」という神社がある。
天使突抜。天使の宮。奇抜な言葉に惹かれる神社だ。牛若丸と弁慶の出会いの場としても知られる。先日初めて参拝させて頂いた。

京都五條天神宮

五條天神宮の神紋(社紋)は境内の瓦などで見ることが出来る。最もはっきり確認出来るのは賽銭箱。五條天神宮に訪れた時には是非ご覧頂きたい。
五條天神宮によるとこの紋は「唐草葵」と伝わっているそうだ。
葵と言われてもしっくりこない。これはもしかすると「ガガイモ」ではなかろうか。

賽銭箱の神紋(社紋)

スクナビコナ
五條天神の祀神は「少彦名命(すくなひこなのみこと)」(以下少彦名)が三柱のうち一柱として祀られ、「大巳貴命(おおむなちのみこと)」と「天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)」が祀られる。
少彦名は大国主(おおくにぬし)の出雲国造りの際、突如現れる神である。天乃羅摩船(あめのかがみのふね)に乗って浪の彼方の黄泉の国よりやってきた。その姿は非常に小さく、蛾の着物、もしくは蛾の羽を持っていたともいわれる。少彦名こそが『一寸法師』のモデルであるとされる。
薬祖神として知られるが少彦名は酒の神としての一面や神農(しんのう)さんとしても知られる。『古事記』の神であるが、その登場シーンは非常に短い。

ガガイモ
少彦名が乗ってきた天乃羅摩船この船こそがガガイモというつる性の植物である。
ガガイモは「蘿摩」と書く。「羅」「蘿」は共に同じ字であり同じ意味。
古名は「カガミ」。つまり天乃羅摩船は「天のガガイモ船」のこと。
イモと名付けられているが、実がイモのような形状をしているということに由来する。この実は真っ二つに割れるが、その割れた様子が船似る、ということなのだろう。
上、右下、左下に配置されるものこそがガガイモの実、つまり天乃羅摩船。まるで葵のような葉はガガイモの葉であろう。ガガイモの葉の形状は心形(心臓)に似ているともいわれる。それを表すものだろう。蔓もまた特徴の一つ。つまりガガイモの特徴全てを示した紋のように思える。
因みに実を割って出てくる綿のような種子は漢方で蘿摩子(らまし)と呼び、強壮薬に用いられた。薬祖神としての繋がりも見える。
五條天神の神紋「唐草葵」はガガイモをモチーフにしたものである可能性が高い。
ガガイモは切ると乳液のようなものが出てくるという特徴がある。かつて日本で飲まれた「酒」は乳白色などでいわゆる清酒ではなく、濁り酒のようなものである。
ガガイモを切った時に出てくる液体が酒のようだと解釈されてもおかしくないだろう。
酒も少彦名の特徴の一つ。ここでも繋がりが見える。

五條天神宮から北白川天神宮の紋も同じだと聞き、早速伺い確認をしてみた。
本殿にある提灯を見ると確かに似ている。こちらでも御朱印をお願いした時に聞くと「葵」とのことだった。

北白川天神宮本殿の提灯

つまり京都の少彦名を祀る天神宮二社が同じ紋を使い、共に葵と称している。それぞれの祀神や由緒から考えてもこの紋はガガイモに違いない。「葵」と伝わっているからには何かしら理由があるはずだ。決して間違いではないだろう。

再び五條天神宮
私は再び五條天神宮に訪れてお話を聞く機会を得た。
今回はなんと拝殿にまで入れて下さった。拝殿の中の様々な装飾が紋と同じモチーフであるという。
まずお見せ頂いたのは吊り灯籠。賽銭箱に施されていた紋とはデザインが違う。吊り灯籠の下部にも施されている。こちらは非常に見やすい。実と葉、ともにガガイモらしさが出ているではないか。

京都五條天神宮拝殿内吊り灯籠

装飾に見えるガガイモ文様1

装飾に見えるガガイモ文様2

装飾に見えるガガイモ文様3

装飾によってデザインは違うが、やはりどれもガガイモに見える。
恐らく灯籠に刻まれる紋こそが五條天神宮の紋の原形に近いものだろう。

何故「葵」なのか?
五條天神宮は天皇勅命で大和宇陀郡より分霊された神社だ。しかし江戸時代では天下は江戸幕府である。江戸幕府といえば三つ葵紋だ。ドラマ『水戸黄門』にあるようにいわゆる「葵の御紋」の効力は絶大である。
ガガイモを葵紋に似せたのは江戸幕府に対してのことかもしれない。これは北白川天神宮にもいえる。
しかし紋の見た目ではより「葵紋」に見えるのは北白川天神宮の神紋である。五條天神宮の神紋は葵に見える程度であり、葵かどうかの判断は難しい。
ここで注目したいのは賽銭箱や瓦に見える紋と拝殿内の意匠に違いがあるということだ。
つまり外から見える紋は葵紋の形状に似るが拝殿内の紋や装飾は葵紋とは言いがたい。
賽銭箱に入れられた紋は比較的新しいものだという。もしかすると賽銭箱に入れられた紋や瓦に入れられた紋というのは幕末の動乱時期に変更されたものではないだろうか。
幕末の京都では全国から勤王志士と呼ばれる武士などが多くいた。彼らは天皇に忠義を尽くすという名目で暴れ回っていた者たちが大半である。対する幕府は京都守護職に京都所司代や新選組を取り込んだ。
勤王志士からすればやはり幕府、つまり徳川は敵である。五條天神宮は歴史上何度も何度も焼失してきた。この時の動乱では何が何でも神社を守りたかったのではないだろうか。
そのために、外から見える紋を完全に葵に似せるのではなく、徳川側と勤王側の両者に言い訳が出来るような意匠にしたのではないだろうか。
そう考えると洛外の山の中に位置する北白川天神宮の紋の方がより葵らしく見える理由も頷ける。京都のど真ん中にある五條天神宮と違って勤王志士の目に届きにくい。
加えて北白川天神宮で紋を見ることが出来たのは本殿に掲げられた提灯のみである。
最もよく紋が付けられる瓦にも見当たらない。私も隈無く紋を探したが一切無かった。
提灯だといつでも隠せる。
つまりはそういうことではないだろうか。
しかし葵といえば徳川より賀茂神社である。そちらとの接点を見出す必要性もあるかもしれない。

最後に
五條天神宮では年間行事に「宝船」の古図が配られる。これは日本最古のものであるといわれ、船には稲穂が乗った図案である。
また、五條天神宮のキーワードに一つに「靱(ゆき)」がある。五條天神宮が疫神として知られていた頃、「天皇の病を平癒、世の安泰を祈願し、社前に靱を掲げ祈念した」このような話が残っている。靱とは矢を納め背負う武具のことで、「ゆぎ」や「うつぼ」などともいう。この靱は「うつぼ」という読みから、しばしば「うつぼ舟」や「うつろ舟」ともいわれる。京都で「ゆき」といえば、鞍馬の由岐神社を連想される。由岐神社の祀神も少彦名命である。鞍馬は貴船神社とも近い。ここもまた舟のキーワードが出てくる土地である。
少彦名のキーワードはやはり「舟」。そしてその舟とはガガイモ、つまりカガミなのだ。

京都五條天神宮(蔓付三つ葉蘿摩紋/唐草葵)

因みにこの紋の造形に惹かれた私はこの紋を描いてみた。
京都五條天神宮(蔓付三つ葉蘿摩紋/唐草葵)
※この紋は「蔓付三つ葉蘿摩(つるつきみつばかがみ)」と私は名付けた。




あとがき
このガガイモ紋と出会ったことで、五條天神宮や北白川天神宮、少彦名についてかなり多くのことを学ばせて頂いた。
五條天神宮さま、北白川天神宮さま。たくさんのお話を聞かせて頂きありがとうございました。
wordで原稿を書き始め、気づけば15ページを越えるほどの膨大な文章量となった。
当初からブログ掲載を目的としてきたので、文章量としても1/3程度に控えさせて頂いた。
さらに書ける要素は多くある。
今回は京都の少彦名に焦点を絞っているが、全国に目を向けるとさらに面白い情報があり、それはやはりこの京都の五條天神宮などへの繋がりも見えてくる。
オカルト話やトンデモ話なども加えるとこれだけで一冊の本になるんじゃないだろうか。
『古事記』での少彦名の登場シーンは僅かであり、大国主命の国作りの手伝いをしたというが、実際何をしたのかまでは『古事記』からでは読み取れない。
それにも関わらず少彦名には多くの要素がある。
全国に目を向けると祀神としている神社も多い。
それだけ少彦名は重要な神であり、魅力的な神なのかもしれない。
今後も少彦名を追っていこうと思っている。
また面白い事実が分かれば当ブログで書かせて頂く日があるかもしれない。
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プロフィール

森本勇矢

Author:森本勇矢


京都市在住。38歳。
本業である染色補正の傍ら家紋研究家として活動する。
京都家紋研究会会長。日本家紋研究会理事。
月刊『歴史読本』への寄稿をする他、新聞掲載・TV出演など。
著書『日本の家紋大辞典』(日本実業出版社)
家紋制作、家系調査などのお仕事お待ちしております。

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