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2013-11-14

「首札紋・生首紋」 まるでスプラッタ-

家紋に様々なものがモチーフになっているが、中には「なんでこんなものが?」と首を傾げるようなものまでが家紋になっていることがある。
中でも特異な家紋がタイトルにも挙げさせて頂いている「首札紋」と「生首紋」という字面だけでおどろおどろしさを感じることの出来るものである。
実はこれらの家紋はその姿形が不明の謎の紋である。
つまり名称だけが伝わっている家紋なのだ。

首札紋
首札とは戦において、取った首級(くびしるし)に付ける札のこと。
「何某(なにがし)討取、何某の首」と二行で書いたという。
これを髪に括り付ける。髪が剃られた首(頭部)の場合は耳などに穴を開けて括り付けたようである。
首札紋とはつまりはこの首札を象った紋と推測されるが、その意匠は分からない。
単に札だけの意匠かもしれないし、札に字が書かれたような意匠かもしれない。それは想像の域を超えることはないだろう。
『寛政重修諸家譜』(かんせいちょうしゅうしょかふ)には藤原氏利仁系斎藤氏の使用が認められる。
首を取った記念的意義で用いたのだろう。

生首紋
生首とは恐らくそのままの意味だろう。
これも首札紋と同じく、姿形が不明の紋である。
出典は分からないが(『寛政重修諸家譜』と思われるが)、樫井氏がこの生首紋を用いたという。
こちらも同じく記念的意義で用いたと見られる。


首札はともかく生首はないだろう?
生首紋の情報ソースは『日本紋章学』(沼田頼輔)であるが、
「いやいや、流石に生首紋はないだろ?」と私は思った。
首札紋はなんとなくではあるが、理解出来ないわけでもない。ただ、意匠が現代に伝わってないことから考えると、藤原氏利仁系斎藤氏が使用したのも一代限りのようなものであり、いわば、その独占紋や個人の紋であった可能性も十分考えられる。
「首を初めて取った!首札付けるとか初めてでテンション上がるわ~」
のような、いわば「ノリ」で家紋にしちゃったんじゃ? などと妄想出来る。
しかしどうにもこうにも、「生首」を紋とするには無理があるように思えて仕方が無い。
つまりは人の頭部のみを紋とするということ。
これが「髑髏」紋とかであれば、まだ納得いくように思える。イメージする海賊のマークがそれだったりするわけで。

生首紋とは団子紋?
もしかすると、この生首紋とは「団子紋(図版)」のことなのかもしれない。
団子紋はレアな家紋ではあるが確かに存在している。
私の著書『日本の家紋大事典』でも収録しているし、何よりどの紋帖にも普通に載っている。
私自身も家紋調査で二度ほど団子紋に遭遇している。
では、何故ここで「団子紋=生首」となるのか?
それには明確な根拠がある。
私の著書や『家紋を探る』(森本景一)でも書いたので、そちらで詳しいことを読んで頂くことをオススメする。
とはいえ、簡単に説明しておこう。
織田信長と今川義元の合戦の最中、陣中で信長が串団子を食べながら、配下の者にこう言ったそうだ。
「この団子のように敵の首を取ってみよ」
その無茶ぶりな命令を馬鹿正直に実行したその者に、
「よくやった。そなたには団子紋を与える」
と、いう流れで、団子紋が誕生したとされている。
つまり、団子紋とは「首」のことであるということである。

数多く存在する家紋の中で首に関係する紋といえば、唯一存在しているのがこの団子紋なのである。
しかし「このような話が存在している」というだけで、事実かどうかまでは不明である。
とはいえ、信長の周りの武将には確かに団子紋を使用しているということであるから、団子紋の発生にはやはり織田信長の姿が見え隠れしているのもまた事実である。

丸に三つ串団子
丸に三つ串団子

花街の象徴
血なまぐさい話が後を絶たないが、実はこの団子紋は京都の人間はよく見ているものである。
八坂神社の参道ともいえる、四条通のアーケードを皆さんは歩いたことはあるだろうか?
そこには赤くて丸いものがたくさんある。一見、赤いソロバンか?とも思えるが、これは他でもない、団子なのだ。
(写真用意出来なくて申し訳ありません。祇園にお越しの際は是非ご注目を)

その発祥は豊臣秀吉の聚楽第に関係している。
聚楽第の完成を祝う大宴会に京都の花街の第一号である上七軒がこの宴会に多いに貢献した。
この貢献により、現在の上七軒の名が与えられたという。(七軒の茶屋が貢献)
御手洗団子を大いに振る舞ったことから、団子紋も与えられたようである。
そしてこれは花街の紋として祇園にも受け継がれる。
(因みに先斗町では「千鳥」、宮川帖では「三つ輪」)
この団子紋は繋がっている。(繋ぎ団子とも)
これは団結を表したものとして、現代でもこの団子紋はその象徴として使われているのである。
実際に提灯などにも団子紋が入っている。提灯をくるりと囲うように繋がった団子の紋が描かれている。
この提灯を見た時は、「ああ、団結を表しているのですね、しみじみ」ということを思い出して頂ければ幸いである。
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2011-06-04

祇園守 ~ステキな紋との出会い~

祇園守紋は、祇園神社、現在の八坂神社が配布するお守りを象った紋章である。

八坂神社といえば祇園祭や素戔嗚尊(すさのおのみこと)、五瓜に唐花などが連想されるだろう。
しかし今回のエントリーでは要約させて頂く。

この祇園守り紋のベースは主に銀杏であると言われる。
中央には交差させた蘇民将来符(参拝者に授ける護符)である牛頭天王之祭文(ごずてんのうのさいもん)であるという。
交差する中央の元は札であったものが、筒となり、その後巻物となった。

また、銀杏は祇園祭の粽(ちまき)を象ったものであると思われる。
またキリスト教を信仰する諸氏に使用が多く、中央に描かれる牛頭天王之祭文を久留須に見立てた。
中でも代表的なのが立花宗茂である。

因みに紋帖では守(まもり)紋と称される。

祇園守
祇園守
※他にも数多くの意匠がありますが、今回は割合させて頂きます。



さて、先日、京都市上京区にある慧光寺(えこうじ)というお寺さんへ行ってきました。
場所は浄福寺と智恵光院の間?辺りに位置します。
慧光寺周辺地図

ここでとてもステキな紋に出会いました。

いい年こいたおっさんが思わず

「かわいい・・・」

と呟いてしまった紋です。


それがこれです。

祇園守に桔梗

即、「銀杏紋」と判断しました。
しかしこの写真を師匠(高澤等氏)に見せると「祇園守りだね」と判断して頂きました。
そう言われてみると確かにそうだと思いました。
蘇民将来符こそ無いですが祇園守りに違いありません。
師匠は「祇園守りは粽である」という説を立てておられます。
確かにそうなのであろうと私も思うのですが、
この紋の原型は兎も角として、銀杏を示しているようにしか思えないです。

その決定的な理由があります。
それはこのお寺さんにある神木の「銀杏」の存在です。
大人三人ほどでようやく囲めるほどの太く神々しい銀杏でした。
つまりこの銀杏をモチーフとした紋ではないか、ということです。

銀杏

ネットで調べた限りでは創建は室町時代末期の天文年間(1532~15)で、現在の場所には天正年間(1573~93)にうつったそうで、さらに江戸の享保十五年(1730)に火災に遭っています。

ちなみにこの祇園守りの紋が入っている墓が建ったのは天保9年(1838)。
果たしてあの銀杏の大きさはどれほどのものだったのでしょうか・・・。

祇園守りを意識した銀杏の紋であると私は思いたいですね。
因みにこの墓に刻まれた名字の氏族には「桔梗」「祇園守」「銀杏」の使用は確認出来ませんでした。
私はとりあえずこの紋に「祇園守に桔梗」と名付けました。
真意は不明ですがこの紋の意匠が大好きです。

慧光寺についてはこちらのブログが詳しく、銀杏の写真も綺麗です。オススメです。
http://blogs.yahoo.co.jp/hiropi1700/3421701.html


ARK@遊鵺
2011-04-20

鞠鋏

紋帖を捲っていると「鞠鋏(まりばさみ)という紋がある。
読んで字の如く、「鞠を挟むもの」である。
紋帖や家紋図鑑などをよく目にする方であればご覧になったことも多いであろう。

鞠挟 鞠挟に片喰
鞠鋏             鞠挟に片喰

変わり鞠挟に鞠 離れ鞠挟
変わり鞠挟に鞠      離れ鞠挟


しかしこの「鞠鋏」何の用途に使うものなのか?
本当に存在しているのか?
このような疑問は持ったことがないだろうか。

例えば「鞠鋏」とGoogleなどで検索してみれば、その結果は一目瞭然である。
「鞠鋏」という名称はそのほとんどが「家紋」の名称にのみ存在しているかのような結果が見えるであろう。

答えとしては「実際に鞠を挟む道具はある」である。

鞠鋏資料


【鞠鋏紋】
鞠鋏(まりばさみ)とは蹴鞠(けまり)に用いられる鞠を保存するための道具。
鞠鋏は上記「離れ鞠鋏」のように開き腰革に沿ってはめ込み固定させる。
鞠職人が鞠を乾燥させるための道具として軒下などに吊した。
保存や乾燥などのために用いられる他、装飾を施し観賞用としても持て囃されたという。
紋章としては主に外枠として使われることが多い。
代表的な使用諸氏は板倉氏、雨宮氏、奥山氏、近藤氏、佐田氏など。

ちなみにこの「鞠鋏」については『家紋を探る ~遊び心と和のデザイン~(平凡社新書)』森本景一著において掲載している。
父が「鞠鋏」について追っていく内容のものだ。
是非、参考にして頂きたい。

ARK@遊鵺
プロフィール

森本勇矢

Author:森本勇矢


京都市在住。38歳。
本業である染色補正の傍ら家紋研究家として活動する。
京都家紋研究会会長。日本家紋研究会理事。
月刊『歴史読本』への寄稿をする他、新聞掲載・TV出演など。
著書『日本の家紋大辞典』(日本実業出版社)
家紋制作、家系調査などのお仕事お待ちしております。

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