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2011-06-21

墓地調査に歴史を学ぶ & 稀少紋の数々

4/27のエントリーでは初の墓地調査について書かせて頂いた。その後今日まで16カ所の墓地に調査へ行った。
若輩者であり駆け出しの人間ではあるがゆえか、その調査には数々の疑問を残している。
得るものは非常に多い。しかしその反面己の未熟さに悲哀を覚える。

京都に生まれ、京都に育った。
住む場所は二条城より北に位置する西陣界隈に近い箇所。
家は自営業で呉服業界と深い関わりのある染色補正という着物の医者。
他府県の人から見れば正に京都の人間であるとよく言われる。
しかしそれは意外と重い言葉である。

京都について知らない。

これは非常に大きなネックとなり、私にとっての重圧であった。
「知ろうと思えばいつでも知れる」
「行こうと思えばいつでも行ける」
私だけでは無い。多くの京都の人間の考えにこれはあると思う。




私が墓地調査に赴く最大の理由は「珍しい紋と出会いたい」が最もである。
その想いは当初からあり、今でも同じである。
しかし家紋と名字は密接なものであり、調査を行うということはこの二つが一つでセットである。
現状では家紋の形状に注目をしていくことが最大の焦点であるが、今後はもっと名字に注目していくよう心がけして行きたい。

墓地への家紋の調査で必要なこととは言わずもがな「名字と家紋」だ。
本来なら「名字と紋名」をメモして行くべきである。
しかし私はこれを行っていない。
理由は「墓地調査を続けるため」という理由が最も大きい。
実に私は研究者として致命的な「飽き性」だからだ。
億劫と思ってしまうと、足が遠のく。
つまり自分の中でこれらの行為を「義務」と勘違いしてしまう傾向にあるからだ。
義務感に囚われてしまうと「終わり」である。
私は気楽にやりたいと思ってる。それが一番いい。
Googleアースで京都の墓地の場所をチェックし始めてかなりの衝撃を覚えた。
圧倒的なその数に心が折れそうになった。
「字を書くのが苦手で嫌い」な私にとって墓地でメモ書きして行くのは苦痛でしか無い。
苦痛を感じながら楽しめるわけがない。
その圧倒的な数の墓地を巡り、「家紋の刻まれている墓石全てをメモする」という行為は自分にとっては不可能なのだ。
そう、私は墓地調査を楽しみたいのだ。
始めて訪れたのは「涌泉寺墓地」。次は「高山寺」。その次が「天性寺」。
この3カ所については家紋、及び屋号の刻まれる墓石は全て写真に撮った。
しかしこの作業はやはり私にとって苦痛でしたかなかったのだ。

そして割り切ることにした。
「やっぱり稀少紋をメインに考えよう」

この考えに切り替えた途端に墓地巡りが一気に楽しくなった。
そしてスピードが圧倒的に上がった。
しかし稀少紋だけを撮って引き上げている訳ではない。
「珍しい名字」「京都らしい名字」のものについては出来る限り撮っている。
また、自分が始めて出会った紋も撮るようにしている。
そして屋号も(全てでは無いが)撮ることを心がけている。




墓地調査での最大の難関はその墓地に入れるかどうかという問題である。
京都は言わずもがな寺が非常に多いため、境内に墓地があることも非常に多い。
日常的に正門を開放している寺の多くは墓地への出入りは可能である。
しかし境内ではなく別の場所に位置する墓地では無い場合、確かに入れる所もあるのだが、鍵が掛けてあり簡単に入れないことも多い。
今までのエントリーで何度か書いたが、墓地の初期調査はまずGoogleアースで始める。
墓地の位置を確認し、Googleマップでそこの寺の名称を調べる。
その寺や墓地に入れるかどうかをストリートビューで確認出来るところは確認しておく。
寺が分かるとその寺についてネット上で簡単に知識を入れておく。
この時有名人の墓があるかどうかもチェック。
ネット上で行うたったこれだけのこと。
しかしそれは私を大きく変えていく。
京都に無知であり劣等感を抱いていた私にとってはこれだけでも大きな収穫なのだ。
墓地を巡り調査するということは歴史を学ぶということにも繋がるのである。




冒頭でも書かせて頂いたが、現在調査に行った墓地はまだ僅か16カ所である。
しかし私は十分な手応えを感じている。
私の最大の目的である「稀少紋をゲットする」という目的が確実に果たせているからだ。
現在までに発見した稀少紋の数は大まかにいうと約100種である。
ただし、これは紋帖(主に平安紋鑑)や『日本家紋総監』に掲載されないものである。
家紋図鑑などに載るものも中には極小だがある。
家紋は組み合わせによって無限の可能性を秘めた意匠だ。
当然発見したものの中の多くはその組み合わせがたまたま掲載されていなかっただけに過ぎない。
とはいえ、幾人かの家紋に精通する方に尋ねても答えが出なかったものもいくつかある。

今回は写真は控えさせて貰うが、中でも不可思議な稀少紋、または私のお気に入りは以下に紹介させて頂く。

■左離れ立ち方喰(現在、二カ所の墓地で確認)
■五つ蝶車に五つ鐶に五つ星(点)(鐶に点が付属)
■山形に縦棒に点(仮称)
■丸に蔓付き蔦に違い切り竹(蔦の下に違い切り竹)
■組み合い角に丸輪(蛇の目の可能性も)
■変わり帆掛け船に浪(かなり特殊な形状。ネット公開不可のため今後も写真掲載の予定なし)
■桔梗八曜に左三つ巴(八つの桔梗が巴を囲う)
■丸に二つ引きに覗き剣片喰
■南天の葉車(九枚笹車?輪(りん)なし)
■三つ組み庵に木瓜
■三つ変わり立鼓に桔梗
■祇園守りに桔梗(前回のエントリーで紹介)
■蔓片喰三つ鱗(蔓片喰の中に三つ鱗を組み込んだ感じ)
■丸に額に八の字(額は省略され、見た感じは竪垂れ角に似る)
■梅形に梅(梅が外側より↑(浮き彫り)↓(彫り込み)↑(浮きぼり)の3つで構成される。以前当社で作った帛紗に入れた紋と同じだった)
■鱗模様三つ葵(三つ葵の形状ではあるが、蘂が一切なく、変わりに鱗のようなものがある。鶴紋で見られる腹あたりの模様(羽?)。先端部には三つ剣が)
■抱き雨龍に平四つ目(雨龍が両サイドから天に向かう。中央に平四つ目)
■八つ山の字に片喰(八曜山の字に片喰などと言い換え可能)
■巣の丸に鶴の丸(まるでギザギザの輪。ギザギザが巣に見えることから巣の丸と命名)
■五徳に三つ五枚笹(五徳の中に五枚笹が三つ入る)
■丸に地紙に眼鏡型(仮称。眼鏡のように見えるものが何か不明。光琳風に見られる▲があることがヒントか?)

他にもまだまだあるが、中でも特徴的なのはこれらだった。

さて、これを読んで下さる方はこれらの紋名からどんな形の紋を想像するであろうか。
紋名から導くことが可能であることもあれば、そうでない場合もある。
出来る限り簡潔に紋名とともに説明文を入れたがいかがだろう。


それではまた。


ARK@遊鵺
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プロフィール

森本勇矢

Author:森本勇矢


京都市在住。38歳。
本業である染色補正の傍ら家紋研究家として活動する。
京都家紋研究会会長。日本家紋研究会理事。
月刊『歴史読本』への寄稿をする他、新聞掲載・TV出演など。
著書『日本の家紋大辞典』(日本実業出版社)
家紋制作、家系調査などのお仕事お待ちしております。

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