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2014-02-06

京都着物まち歩き~平安京ゴーストバスターズ(染色補正森本企画)

2/2に染色補正森本の着物イベント企画として、
着物お手入れ講座&京都着物まち歩き」をおこないました。

大盛況でした。
午前の部は「京都着物まち歩き」
午後の部は「着物お手入れ講座」

今回、アフターレポートという形で、当日の様子をまとめました。
まずは「京都着物まち歩き~平安京ゴーストバスターズ」をアップしてます。
下記アドレスをクリックして是非ご覧下さいませ。

町歩きでは触れられなかった話なども私の視点で書いてます~

http://omiyakamon.co.jp/event/after/20140202/walk.html
2013-11-26

真田氏、謎の家紋「月輪七九曜」を解く

日本家紋研究会では『月刊歴史読本』で連載を持っています。
私も時々書かせて頂いております。
現在発売中の『歴史読本2014年1月号』の「家紋拾遺譚~難読紋・奇紋の謎を解く73」では、私が執筆を担当しています。
「鞠鋏を家紋にした家の謎 蹴鞠の紋と蹴鞠に似た紋」と題して、鞠鋏紋について書かせて頂きました。
※サブタイトルの蹴鞠は鞠鋏の誤植です。
正しくは「鞠鋏を家紋にした家の謎 鞠鋏の紋と鞠鋏に似た紋」です。

以前にも当ブログのエントリーで鞠鋏について簡単に書かせて貰っています。
http://arkness.blog.fc2.com/blog-entry-19.html


真田氏の家紋
今回のエントリーで取り上げるのは「真田氏」の家紋です。
実はこれも以前に『歴史読本』で書かせて貰っているネタなのですが、新たに解釈しなおしてみたので、ここに記しておきたいと思います。
因みに掲載時は「家紋拾遺譚~難読紋・奇紋の謎を解く31 真田氏の家紋~人気武将の家紋・六文銭の変化」と題して、2010年に執筆しています。

寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)によると、真田家が幕府に提出した使用家紋は六連銭(ろくれんせん:図版1)、雁金(かりがね:図版2)、洲浜(すはま:図版3)の三つである。
本来の定紋は雁金である。どうやら江戸に入ってから六連銭が定紋に昇格したようだ。
この三つについては『歴史読本』に書かせて頂いたので詳細は省かせて頂く。

真田家銭(六文銭/六連銭). 結び雁金 州浜
図版1:真田家銭(六文銭/六連銭) 図版2:結び雁金 図版3:州浜


さて、これら以外にも「割州浜(わりすはま)」「月輪七九曜(つきわしちくよう)」の使用も確認されている。
割州浜はなんとか図版は確認出来る。そこで私は図版4を制作し、著書『日本の家紋大事典』にも収録させて頂いた。(紋名は真田家割州浜とした)

真田家割洲浜
図版4:真田家割洲浜

問題は「月輪七九曜」である。
これが困ったことに図案がどこにも見当たらないのである。
『歴史読本』で書かせて頂いた時は図版5や図版6のような形状が「月輪七九曜」ではないか?と答えを出していた。
しかしその後、いろいろと考えた末、違う結果に辿り付くこととなったのである。

月輪に九曜 八曜離れ星に月
図版5:月輪に九曜 図版6:八曜離れ星に月


月輪七九曜の正体
真田氏は滋野氏から海野氏の流れにある。
滋野氏 → 海野氏 → 真田氏
真田氏の元々の定紋である「結び雁金」や「六文銭」もまた滋野氏からの流れによるものだ。
そして謎の紋である「月輪七九曜」もまた同じく滋野氏よりの流れで受け継がれているものである。
『群書類従』の「滋野氏系図」では滋野氏の家紋は「月天七九曜」となっており、これは「月輪七九曜」のことであろうと思われる。
そしてこの「月天七九曜」は「月天千九曜」の誤りだと考えられるのである。
「千」とは「千葉氏」を意味する。千葉氏の家紋といえば月星紋。
つまり「千葉氏の九曜」という意味の可能性があるということである。
紋名に氏族名の一部を付けるというケースは多々見られるから、これもその類いではないか、ということだ。
つまり、これは「月天九曜」ということになる。実際、「月天九曜」という名称は様々な文献で登場するようだ。
因みに「月天」は「がってん」とも読む。これは十二天における月天のことで、チャンドラのことである。
九曜は日曜星(スーリヤ)・月曜星(チャンドラ/ソーマ)・火曜星(マンガラ/マンガル)・水曜星(ブダ)・木曜星(ブリハスパティ)・金曜星(シュクラ)土曜星(シャニ/シャナイシュチャラ)・羅睺(らごう)星(ラーフ)・計都(けいと)星(ケートゥ)のことである。
つまり、「月天」とは「チャンドラ」のことである。月曜日ですね。
これが分かると話は簡単である。
つまり「月天九曜」というのは「九曜の内のチャンドラ」ということになる。
それにふさわしい紋がある。
それはこの「八曜に月(図版7)」である。

八曜に月
図版7:八曜に月

紋帖では必ず載っている紋。もちろん私の著書でも収録している。
この紋はやはり千葉氏が多く使っている。私自身の家紋調査でも千葉氏ではこの紋が使われているケースが多い。
中央にある月は「真向き月」と呼ばれるものだが、これが細身になると「月輪」となる。「月輪七九曜」にも繋がってくる。

っというわけで、「月輪七九曜」及び「月天七九曜」の正体は「八曜に月」でした。
「八曜に月」って、「九曜」じゃないじゃないか?
という声もありそうですが、「九曜の内が月天」と解釈すれば問題ありません。
つまり「九曜型」ということです。

ただし、これはあくまでも「七」が「千」だったという誤植が前提の話。
これが本当に「七」だったら、この説は成り立たないとは思います。
でも、十中八九、ミスだと思いますけどね。

では。






【追記】
考え直してみた。
「七」が「千」だったという考えについてだ。
「千=千葉」としているが、これも苦しい。
ここは素直に「七曜と九曜」で考えておくべきなのだろうか。
2013-03-27

『日本の家紋大辞典』4月20日発売予定!

以前よりブログにてお伝えしている私の著書の発売など決定しましたのでご報告させて頂きます。


タイトル:『日本の家紋大事典』
著書:森本勇矢(もりもとゆうや)
監修:日本家紋研究会
出版:日本実業出版社 http://www.njg.co.jp/
定価:1680円(税込)

A5判サイズで収録紋は5676点です!
江戸時代の紋帖からの珍しい紋なども収録!
他書では見られない紋を多数収録しました!

「家紋てなに?」という初心者の方にこそ見て頂きたい!
理屈抜きで「楽しむ」ことの出来る家紋事典の決定版です!
一家に一冊、あると安心の家紋本です。

※表紙などの装丁はまだ出版社さまが現在制作中ですのでお見せ出来ません。

現在、amazonにて絶賛予約受付中!
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AE%B6%E7%B4%8B%E5%A4%A7%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E6%A3%AE%E6%9C%AC-%E5%8B%87%E7%9F%A2/dp/4534050682/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1364357458&sr=8-1

2013-02-28

初著書が4月発売予定!

長らくブログを放置しておりました。

私の著書が4月に発売予定です。
正確な発売や詳細が決まり次第、当ブログにてご報告させて頂きます。
2012-08-19

まいまい京都「平安京ゴーストバスターズ」

またまたブログを放置してました。(最近はこんな出だしばかりな気が)
最近は来年春(?)の出版を目指し、ずっと執筆活動に追われています。
3年前に出版社からお話を頂き、様々な事情から大幅に遅れていましたが、ようやく兆しが見えてきた、そんなところでしょうか。
より良い「家紋事典」を目指し、家紋をひたすら描いてます。数名の方にもお手伝い頂いております。
掲載する紋の数は完全にまだ確定はしていませんが、約6000ほどになるとは思います。
これらを全て描くのは不可能ですが、より多くの綺麗な紋を見て頂きたい、という思いで頑張ってます。
「家紋事典」や「家紋図鑑」の中では最も美しい紋が掲載されている、そんなものを目指しています。
(紋をイラストレーターで描けるボランティアを募集中です)

さて、家紋調査は去年と比べるとやはり回数こそ減っていますが、相変わらず巡っております。
今年は私が立ち上げた「京都家紋研究会」のメンバーと共に調査することも増え、調査が捗る他、ますます楽しくなってきました。
メンバーの方々には感謝です。
入会は自由ですので、サイトよりご入会頂けると幸いです。(facebookで交流しておりますのでこちらも登録して下さると助かります)

先日、とある方の紹介で、とあるお寺のご住職をご紹介して下さりました。
非常に気さくなご住職で、本当に良い出会いだったと思います。
「お墓は檀家さまのもの」
これはどのお寺でも同じで、揺るぎない事実です。
江戸時代に入ってから、寺は金策の一つとして「檀家システム」を作りました。
現代までそのシステムは継続していますが、不況が続く昨今では疑問視する方々も少ないというのも事実。
この先何十年後かにはひょっとしたら檀家システムはなくなってしまうのかもしれない。
江戸期から続くシステムが現代で機能していること自体凄いことだと思います。
時代によっての在り方は違って当然ですので、それに疑問視すること自体も間違ってはいないと思います。

私が家紋調査を行う理由もそこにあるのかもしれません。
檀家システムが仮になくなったら、多くの墓が姿を消すかも知れない。
そんな危機感を感じています。
全ての墓が消えるということはあり得ないと思いますが、墓を必要としないという人たちが、今の世の中確かに存在している。
「家紋」を知らない人が多くなってきている昨今では家紋を知る手がかりが墓だけということも非常に多いです。
仮に墓が無くなってしまったら、家紋が分からなくなってしまうこともあるでしょう。

それが私の危機感なのかもしれません。

他にも書きたいことは多いです。例えば先日もこのブログで告知した「家紋・女紋講座」などなど。
折りを見て書こうと思います。

前置きが非常に長くなりましたが、今回は「まいまい京都」について書かせて頂きたいと思います。





本日、「まいまい京都」に初参加してきました!
「まいまい京都」ってなに? という方は詳しくは公式サイトをご覧ください。
簡単にいうと京都のその道のスペシャリストが町を歩いてガイドするという「まち歩きイベント」です。
http://www.maimai-kyoto.jp/

早々にネタバレしますが、私もガイドさせて頂くことになりました!
11月末のコースです。コース発表をお楽しみに!(ちょっとしたプレゼントもありますっ)

今回私が参加させて頂いたのは
【魔界】 魔界伝説、平安京のゴーストバスターズ!一条戻橋から北野天満宮まで
~死者が蘇り、鬼の腕が切られ、陰陽師が術を仕掛ける~

というコース。
ガイドは妖怪の子孫「葛城トオル」氏。
先日、葛城さんの妖怪講座に行ってきましたが、その世界観にどっぷりはまりました。
今回のコースで葛城さんがお話になったことの大半はすでにこの時に聞いてましたが、「もう一度聞きたい!」と思っていたことと、実際に縁の地などを廻ることでよりいっそう楽しめそうだったからです。

さてさて、どんな感じでまち歩きしたのかをご紹介していきましょう。




集合場所は京都市バス「一条戻橋・晴明神社前」東側。
昨夜寝れずで寝坊しましたがなんとか間に合いました。
一条戻橋・晴明神社前

参加者が全て集まったところで早速スタート!
(詳しい内容はネタバレになりますので控えさせて頂きますね)

02.jpg
一条戻橋の横に立ってます。

一条戻橋は京都の立てを走る通り「堀川通り」に面しています。
その堀川は元々そこにあった川を「掘って」さらに拡張したそうです。しかし大雨で氾濫することが多かったようで、確か昭和初期あたりで現在のように補強がされ氾濫することは無くなりました。
それから数年前、市民の憩いの場、散歩のコースとして歩けるようにさらに工事されました。

24.jpg

こんな感じで入れちゃうわけです。チラって見えてるのが一条戻橋。
自分が子供の頃に今のように新しくなりました。昔の古い雰囲気良かったんですけどねぇ。
一条戻橋の逸話の一つにこんなことが。
「安倍晴明の妻が式神(紙)を家に持ち込むな」というので晴明は妻に怒られるのが怖かったので、この一条戻橋の下に隠したという。
一条戻橋を直す時にこれが入った石箱?が見つかったそうですが、再び埋めたらしいです。
信じるか信じないかは(以下略

03.jpg




そして晴明神社へ。
04.jpg
鳥居の上部に「晴明桔梗」こと「安倍晴明判(印)」が光ります。

06.jpg
05.jpg
向かって右に黒。左に赤。

07.jpg

08.jpg)

09.jpg
晴明井 (昔無かった気がする)

晴明神社が陰陽師ブームの頃、確か建て直しされたように思います。
かつては正直ちょっと陰気くさいイメージしか無かったのですが、今はもう凄く綺麗ですね。
そして新たな追加要素も多いです。

10.jpg
扉に付いていた一際輝く晴明桔梗。

11.jpg
12.jpg
他にも色々あり撮りましたが割合。

13.jpg
うん。桃。「厄除桃」。桃太郎伝説の「桃」とは晴明神社の札にある桃が元となっている。

14.jpg
御神木の楠。

15.jpg
晴明どの!

16.jpg
境内では桔梗が多く咲いておりました。




少しの休憩の後、今出川まで北上し、とある場所で葛城さんのお話。
「鬼門」についてのお話です。
平安京において、北東の方角は比叡山。これは丑寅の方角です。
鬼門は常世の入り口であり、比叡山はそれを封じる場所と言われたりしますが、朝廷が比叡山に大しての・・・。
っということで、丑寅の方角を忌まわしき方角としたのですが、それを守るのが逆の方角に位置する「猿」。
修学院にある赤山禅院の本堂の上には「猿」が守ってます。つい最近夜中にやってた「見仏記13」(イトウセイコウ&みうらじゅん)でも見たなぁ。(これTVで観たの2回目な気が)
建物は鬼門の方角の角をとってしまうという風習もあります。
このとある場所の向かい側にはまさに鬼門の角をとったマンションがありました。
葛城さんはこのマンションを「鬼門マンション」と呼んでいるそうですw




千本今出川まで一気に歩く。
そしてそこでお話されたのが、「お亀」さんのお話。
すぐ近場にある「千本釈迦堂」の話が絡んできますが、割合。ググって下さいね。




さらに歩いて上七軒へ。
17.jpg

27.jpg
瓦。
ここでも葛城さんのお話がありました。

18.jpg
燈籠に見えるのは「団子紋」。上七軒の紋は団子紋なんですよね。
提灯には団子がぐるりと繋がった繋ぎ団子。
この団子紋は正に「繋がり」を表したもので「団結」を意味しています。
団子紋の由来の一説には「首」とありますが、そのような生臭い話ではなく、なんだかほっこりする意味がそこにはあるんです。

19.jpg
仁丹。

ついでなのでこれもお見せしておこうかな。
26.jpg
これは最近手に入れた昭和初期の紋帖『紋章集成』に掲載されていたものです。
この紋帖は珍しく企業ロゴが掲載されていました。

20.jpg
安田火災発見~。




場所はいよいよ大詰めの北野天満宮、通称天神さんへ。

21.jpg

ここのメインはこれ。
22.jpg
渡辺綱の燈籠。ここでも葛城さんのお話。

そして最後を飾るのは・・・
北野天満宮の参道より東に位置する東向観音寺
ここには菅原道真のご母堂である伴氏廟があります。

23.jpg

そして「土蜘蛛」の塚があります。源頼光の土蜘蛛退治のアレです。
ちなみにこのいわゆる「蜘蛛塚」は他所にもあります。
その中でも有名なのが上品蓮台寺の墓地にあるものですかねぇ。

ここでコースは終了。
葛城トオルさんの先祖にまつわる話からのストーリー構成が素晴らしく非常に楽しかったです。
これは是非参加して頂いて、直接葛城さんのお話を聞くことをオススメ致します!




っというわけで、私の初参加まいまい京都はこんな感じでした。
長文の割りにはかなり適当で申し訳ないです。

この後、一行はランチへ。
「たわらや」といううどん屋さんで、名物「極太の一本うどん」で有名なところです。
私は「冷やしニシン茄子うどん」を食べましたが。
ガイドの葛城さんや参加者の方々と雑談しながらの食事でした。

そして解散となり、葛城さんと事務局の阿比留さんと残りの参加者さんは西陣のまいまいガイドの古武さんのお家訪問へ行かれたようです。

私はというと・・・
家紋調査へ。
「たわらや」から南下し、妖怪ストリートへ。
途中「大将軍八神社」へ寄ってお参り。
西大路に出る手前にある「地蔵院」通称「椿寺」へ。
次に訪れたのは「法輪寺」通称「だるま寺」。

写真はたくさん撮りましたが本題ではないので今回はやめとくとします。


っというわけで、みなさまお疲れ様でした。
また「まいまい京都」に参加させて頂きます。
そして秋はガイドとして頑張りたいと思います。

事務局の以倉さん、阿比留さん今後ともよろしくお願い致します。
プロフィール

森本勇矢

Author:森本勇矢


京都市在住。38歳。
本業である染色補正の傍ら家紋研究家として活動する。
京都家紋研究会会長。日本家紋研究会理事。
月刊『歴史読本』への寄稿をする他、新聞掲載・TV出演など。
著書『日本の家紋大辞典』(日本実業出版社)
家紋制作、家系調査などのお仕事お待ちしております。

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