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2014-05-24

家紋講座などのイベント告知!

現在、染色補正森本のイベントを3つほど企画しております。
是非、ご興味のある方はどうぞ!

イベントはこちらからご確認頂けます。
http://omiyakamon.co.jp/event/

下記からのご覧頂けます。
facebookユーザーの方は是非こちらからもアクセスお願いします。

6/15(日):着物お手入れ体験講座(第七回)
https://www.facebook.com/events/650648308349249/

6/28(土):着物今昔物語
https://www.facebook.com/events/1408841792735033/

7/2(水):家紋と京都の四方山話
https://www.facebook.com/omiyakamon/events
2014-04-02

京都五條天神宮の神紋(社紋)の正体

京都市下京区に「五條天神宮」という神社がある。
天使突抜。天使の宮。奇抜な言葉に惹かれる神社だ。牛若丸と弁慶の出会いの場としても知られる。先日初めて参拝させて頂いた。

京都五條天神宮

五條天神宮の神紋(社紋)は境内の瓦などで見ることが出来る。最もはっきり確認出来るのは賽銭箱。五條天神宮に訪れた時には是非ご覧頂きたい。
五條天神宮によるとこの紋は「唐草葵」と伝わっているそうだ。
葵と言われてもしっくりこない。これはもしかすると「ガガイモ」ではなかろうか。

賽銭箱の神紋(社紋)

スクナビコナ
五條天神の祀神は「少彦名命(すくなひこなのみこと)」(以下少彦名)が三柱のうち一柱として祀られ、「大巳貴命(おおむなちのみこと)」と「天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)」が祀られる。
少彦名は大国主(おおくにぬし)の出雲国造りの際、突如現れる神である。天乃羅摩船(あめのかがみのふね)に乗って浪の彼方の黄泉の国よりやってきた。その姿は非常に小さく、蛾の着物、もしくは蛾の羽を持っていたともいわれる。少彦名こそが『一寸法師』のモデルであるとされる。
薬祖神として知られるが少彦名は酒の神としての一面や神農(しんのう)さんとしても知られる。『古事記』の神であるが、その登場シーンは非常に短い。

ガガイモ
少彦名が乗ってきた天乃羅摩船この船こそがガガイモというつる性の植物である。
ガガイモは「蘿摩」と書く。「羅」「蘿」は共に同じ字であり同じ意味。
古名は「カガミ」。つまり天乃羅摩船は「天のガガイモ船」のこと。
イモと名付けられているが、実がイモのような形状をしているということに由来する。この実は真っ二つに割れるが、その割れた様子が船似る、ということなのだろう。
上、右下、左下に配置されるものこそがガガイモの実、つまり天乃羅摩船。まるで葵のような葉はガガイモの葉であろう。ガガイモの葉の形状は心形(心臓)に似ているともいわれる。それを表すものだろう。蔓もまた特徴の一つ。つまりガガイモの特徴全てを示した紋のように思える。
因みに実を割って出てくる綿のような種子は漢方で蘿摩子(らまし)と呼び、強壮薬に用いられた。薬祖神としての繋がりも見える。
五條天神の神紋「唐草葵」はガガイモをモチーフにしたものである可能性が高い。
ガガイモは切ると乳液のようなものが出てくるという特徴がある。かつて日本で飲まれた「酒」は乳白色などでいわゆる清酒ではなく、濁り酒のようなものである。
ガガイモを切った時に出てくる液体が酒のようだと解釈されてもおかしくないだろう。
酒も少彦名の特徴の一つ。ここでも繋がりが見える。

五條天神宮から北白川天神宮の紋も同じだと聞き、早速伺い確認をしてみた。
本殿にある提灯を見ると確かに似ている。こちらでも御朱印をお願いした時に聞くと「葵」とのことだった。

北白川天神宮本殿の提灯

つまり京都の少彦名を祀る天神宮二社が同じ紋を使い、共に葵と称している。それぞれの祀神や由緒から考えてもこの紋はガガイモに違いない。「葵」と伝わっているからには何かしら理由があるはずだ。決して間違いではないだろう。

再び五條天神宮
私は再び五條天神宮に訪れてお話を聞く機会を得た。
今回はなんと拝殿にまで入れて下さった。拝殿の中の様々な装飾が紋と同じモチーフであるという。
まずお見せ頂いたのは吊り灯籠。賽銭箱に施されていた紋とはデザインが違う。吊り灯籠の下部にも施されている。こちらは非常に見やすい。実と葉、ともにガガイモらしさが出ているではないか。

京都五條天神宮拝殿内吊り灯籠

装飾に見えるガガイモ文様1

装飾に見えるガガイモ文様2

装飾に見えるガガイモ文様3

装飾によってデザインは違うが、やはりどれもガガイモに見える。
恐らく灯籠に刻まれる紋こそが五條天神宮の紋の原形に近いものだろう。

何故「葵」なのか?
五條天神宮は天皇勅命で大和宇陀郡より分霊された神社だ。しかし江戸時代では天下は江戸幕府である。江戸幕府といえば三つ葵紋だ。ドラマ『水戸黄門』にあるようにいわゆる「葵の御紋」の効力は絶大である。
ガガイモを葵紋に似せたのは江戸幕府に対してのことかもしれない。これは北白川天神宮にもいえる。
しかし紋の見た目ではより「葵紋」に見えるのは北白川天神宮の神紋である。五條天神宮の神紋は葵に見える程度であり、葵かどうかの判断は難しい。
ここで注目したいのは賽銭箱や瓦に見える紋と拝殿内の意匠に違いがあるということだ。
つまり外から見える紋は葵紋の形状に似るが拝殿内の紋や装飾は葵紋とは言いがたい。
賽銭箱に入れられた紋は比較的新しいものだという。もしかすると賽銭箱に入れられた紋や瓦に入れられた紋というのは幕末の動乱時期に変更されたものではないだろうか。
幕末の京都では全国から勤王志士と呼ばれる武士などが多くいた。彼らは天皇に忠義を尽くすという名目で暴れ回っていた者たちが大半である。対する幕府は京都守護職に京都所司代や新選組を取り込んだ。
勤王志士からすればやはり幕府、つまり徳川は敵である。五條天神宮は歴史上何度も何度も焼失してきた。この時の動乱では何が何でも神社を守りたかったのではないだろうか。
そのために、外から見える紋を完全に葵に似せるのではなく、徳川側と勤王側の両者に言い訳が出来るような意匠にしたのではないだろうか。
そう考えると洛外の山の中に位置する北白川天神宮の紋の方がより葵らしく見える理由も頷ける。京都のど真ん中にある五條天神宮と違って勤王志士の目に届きにくい。
加えて北白川天神宮で紋を見ることが出来たのは本殿に掲げられた提灯のみである。
最もよく紋が付けられる瓦にも見当たらない。私も隈無く紋を探したが一切無かった。
提灯だといつでも隠せる。
つまりはそういうことではないだろうか。
しかし葵といえば徳川より賀茂神社である。そちらとの接点を見出す必要性もあるかもしれない。

最後に
五條天神宮では年間行事に「宝船」の古図が配られる。これは日本最古のものであるといわれ、船には稲穂が乗った図案である。
また、五條天神宮のキーワードに一つに「靱(ゆき)」がある。五條天神宮が疫神として知られていた頃、「天皇の病を平癒、世の安泰を祈願し、社前に靱を掲げ祈念した」このような話が残っている。靱とは矢を納め背負う武具のことで、「ゆぎ」や「うつぼ」などともいう。この靱は「うつぼ」という読みから、しばしば「うつぼ舟」や「うつろ舟」ともいわれる。京都で「ゆき」といえば、鞍馬の由岐神社を連想される。由岐神社の祀神も少彦名命である。鞍馬は貴船神社とも近い。ここもまた舟のキーワードが出てくる土地である。
少彦名のキーワードはやはり「舟」。そしてその舟とはガガイモ、つまりカガミなのだ。

京都五條天神宮(蔓付三つ葉蘿摩紋/唐草葵)

因みにこの紋の造形に惹かれた私はこの紋を描いてみた。
京都五條天神宮(蔓付三つ葉蘿摩紋/唐草葵)
※この紋は「蔓付三つ葉蘿摩(つるつきみつばかがみ)」と私は名付けた。




あとがき
このガガイモ紋と出会ったことで、五條天神宮や北白川天神宮、少彦名についてかなり多くのことを学ばせて頂いた。
五條天神宮さま、北白川天神宮さま。たくさんのお話を聞かせて頂きありがとうございました。
wordで原稿を書き始め、気づけば15ページを越えるほどの膨大な文章量となった。
当初からブログ掲載を目的としてきたので、文章量としても1/3程度に控えさせて頂いた。
さらに書ける要素は多くある。
今回は京都の少彦名に焦点を絞っているが、全国に目を向けるとさらに面白い情報があり、それはやはりこの京都の五條天神宮などへの繋がりも見えてくる。
オカルト話やトンデモ話なども加えるとこれだけで一冊の本になるんじゃないだろうか。
『古事記』での少彦名の登場シーンは僅かであり、大国主命の国作りの手伝いをしたというが、実際何をしたのかまでは『古事記』からでは読み取れない。
それにも関わらず少彦名には多くの要素がある。
全国に目を向けると祀神としている神社も多い。
それだけ少彦名は重要な神であり、魅力的な神なのかもしれない。
今後も少彦名を追っていこうと思っている。
また面白い事実が分かれば当ブログで書かせて頂く日があるかもしれない。
2014-02-10

【家紋の調べ方】家紋がわからない!知らない! 

Twitterから始まった現代家紋
この影響は大きく、家紋そのものも見直されはじめ、今や家紋ブームと言っても過言ではない状況となっている。
基本的に日本人であれば誰でも家紋はあるはずである。
極希に本当にない、というお家もあるが、大半の方々のお家にはある。

家紋を知らない家紋が分からない
そんな方が今のこの時代不自然ではなくなってきてしまった。
これは家紋研究家と名乗っている私からすると悲しいことである。
現代家紋で家紋に興味を持った方は是非ご自分の家の紋をこの機会に知って頂きたいと思う。

さて、今回は簡単に家紋を探す方法をご紹介しておく。

家紋の調べ方
1.肉親、親族などにまず聞く
2.家に家紋が入ったものが無いか探す
3.お墓に行く。(お墓に家紋が彫られているケースが多い
4.それでも無い場合は専門家に相談(有料のケースが多いです)

※「2」の補足:家紋が入った何かがあれば、その何かの全体像と家紋のアップを撮影しておきましょう。家紋のアップはブレたり、ボケないないよう注意しましょう。
※「3」の補足:家紋が入っていれば写真を撮りましょう。(見づらい場合は様々な角度から写真を撮りましょう)
※「4」の補足:「3」で分からなかった時、家の墓のある墓地に自分と同じ名字のお墓があるか探してみましょう。
もしかすると同族の可能性がありますから、家紋も同じ、もしくは同じモチーフの可能性があります。
あくまでも可能性にしか過ぎませんが、相談する際の良い資料になるでしょう。


家紋を撮影する際の諸注意
「家紋の調べ方」の「3」で家紋があった場合、お墓を撮影してください。
ガラケーやスマフォでもOKです。

 1.お墓全体の写真を撮る:これは名字と家紋を同時に写しておくということです。(名字が正面に無い場合は名字が入っている箇所を探してその部分も撮影しておくことが望ましいです)
 2.家紋のアップを撮る:複雑な家紋の場合は拡大して良く観察しないと分からないことも多いです。

次の写真のような感じで2枚撮れていればOKです。(写真は筆者の家の墓です)

墓の全体像
墓の全体像の撮影の一例

家紋のアップ
家紋のアップの一例


※家紋の撮影をしてもよく分からない場合:理想は拓本を採ることですが、なかなか難しいでしょう。可能であればやってみると良いかもしれません。
拓本をする際は乾拓と呼ばれる方法でやるのが一番手っ取り早いです。
拓本墨を購入してみるのが良いでしょう。↓こんな感じです。
http://www.syoyu-e.com/item/takuhon/kantaku.htm
墓をまず綺麗しましょう。
水滴や水分が残らないよう綺麗に拭いて下さい。
古い墓で脆い場合は注意してください。(この場合拓本も諦めることも視野に)
半紙を予め用意しておき、お墓の家紋の部分に半紙をおいて、上から拓本墨を擦っていきます。
余り力を入れず、全体的に円を描くようにゆっくり動かすのコツです。
ただし、石の材質によってはやりづらい場合もありますので、何度かトライする気持ちでやりましょう。


今回は以上です。
2014-02-07

今、家紋ブームが来ている 現代家紋とは?

今現在、「家紋」がにわかなブームになっているようだ。
家紋研究家、家紋伝道師を名乗っている私にとって非常に喜ばしいことである。


歴史ブーム
ここ数年、歴史ブームである。
戦国武将、幕末志士。
昨年は伊勢神宮、出雲大社の式年遷宮が重なったこともあって、『古事記』『日本書紀』などの記紀神話がブームであり、八百万の神々もフューチャーされている。
それに関連するように古代豪族もまたブームも一つである。
これらの影響、特に戦国武将の影響で「家紋」についての認知がここ数年深まっている。


Twitterにおける「家紋」の話題が近年増えている
私はここ数年、Twitterで不定期ではあるが「家紋」のキーワードで検索している。
数年前まではこれといって家紋で引っかかるツイートは非常に少なかった。
あっても家紋グッズを販売する業者や家紋に関わる業者のツイート程度。
家紋の話題が上がっていても「戦国武将○○の家紋は○○」といった程度のものばかり。

しかしここ最近(2年内くらい?)、徐々「家紋」を含むツイートが急
増しているのである。
今までは「戦国武将」などから付随する形でのツイートが主だったのに対し、近年は「家紋」そのものが話題に上がっていることが増えてきているのだ。

「墓石に入れる家紋を自分で決めたけどこれで良かったのか?」
このような内容のツイートもあり反響を呼んでいる。
この墓石に入れられた家紋は「丸に三つ鱗」紋であった。


余談:三つ鱗紋とトライフォース
この形状はTVゲームの任天堂の名作シリーズである「ゼルダの伝説」にトライフォースという名で登場する紋章である。
※詳しくはwikipediaのトライフォースの頁を読んで下さい。

これはあくまでも「三つ鱗」という家紋にヒント得て用いられた紋章のため、家紋の三つ鱗とも関係なければ、北條(北条)氏とも何の関係もありません。
因みに北条氏の家紋として用いられる三つ鱗紋は「北条鱗」という紋名で紋帖や家紋事典、家紋図鑑などでも掲載されている。
もちろん著書『日本の家紋大事典』にも掲載している。
鱗紋の基本形はこの三つ鱗であり、北条氏の鱗紋は少々ひしゃげた印象のものである。


鱗紋とは何か?
そもそも「鱗紋が何か?」ということだが、これは先日染色補正森本公式サイト内の「家紋研究」に「雨乞い象徴紋 成長の瑞龍「雨龍」」というタイトルで「雨龍紋」について書かせて頂いたがこの鱗紋のころも少し触れている。

鱗紋は定説では「龍、もしくは蛇の鱗を意匠化したもの」といわれる。
また、奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)の山である三輪山(みわやま)を象ったものではないか?という説も存在する。
元々は家紋としてではなく、文様として用いられていたもので、実は古代から存在している。
古代遺跡の壁画などにもこの三つ鱗のようなものが描かれているものがある。
これが鱗紋の発祥かもしれないが、家紋の鱗紋との関係性は明らかではない。

mittuuroko.jpg
三つ鱗

houjouuroko.jpg
北条家鱗


ももいろクローバーZ
話が逸れてしまったが、他も今の家紋のブームの火付け役になっているものがある。
それは「週末ヒロイン ももいろクローバーZ(以下ももクロ)」である。
ももクロのロゴに四つの桃をあしらったものがある。
これが通称「ももクロ家紋」と呼ばれ、若い世代にも人気であり、「家紋」という名称が認知されるきっかけの一つにもなっているようだ。

momokuro.png
ももクロ家紋


雑誌による家紋の特集
また、昨年の11月頃に発売された「歴史人」の存在も大きいだろう。
『歴史人』2013年3月号「戦国武将の家紋の真実」。
『一個人』2014年12月号「日本の名字と家紋の謎」。
この二つは売れ行きがかなり好評で、いずれも即完売したようだ。
さらにこの二冊は再版までされている。
いずれも「家紋シール」のオマケ付きであり、家紋好きにはたまらない。


「#現代家紋」と家紋の簡単な歴史
そして今日(2/7)知ったのだが、Twitterで「#現代家紋」というハッシュで、様々なオリジナルの紋が投稿されていたのである。
それは「見たことあるあのマークを家紋に 「#現代家紋」http://togetter.com/li/626232などでまとめられている。
私がこれについて多く語る必要はない。
まずはリンク先をご覧頂きたい。

多くが「ロゴのような」ものでしかないが、いくつかは紋を理解して作成されている方もおられるようで、なかなか興味深いものもある。
家紋の発祥は平安後期の御所車(牛車)に付けられた紋章、今で言うナンバープレートのようなものから始まる。
これを「車紋(くるまもん)」という。
この車紋はやがて、個人の紋章となり、継承される特性を持つようになる。
そしてこれは公家全体に広がり、貴族階級に広がっていく。
さらに武家に広がりをみせ、江戸時代の頃には庶民にまで浸透していく。
紋の意匠の基本は江戸時代の初期頃には完全に確立される。
紋章上絵師の登場がこの頃である。今でいう、紋章上絵師はかつては「紋師」などと呼ばれ、紋そのものをデザインすることも多かった。
今で言うロゴデザイナーのようなものであろうか。
また、紋師だけではなく、絵師によるデザインも多かったようである。
江戸時代に「割付」という紋を描くルールが生まれた。
これは「ルールさえ分かっていれば、日本全国どこでも同じ紋が描ける」ということに繋がっていくためである。
つまり紋を描く需要が一気に高まったことを示している。
紋の形は江戸時代に最も発展したといえる。
この江戸時代に完成された紋は様々な形(実際に施された物や文献など)で現代に伝わってきているのである。

家紋は長い年月をかけて完成されたもの。
その素晴らしいデザインは現代でも色あせることがない。
しかしこの紋も江戸時代にすでにパロディー化されているのである。

江戸時代の文献に『新選紋所帳』(天保四年/1833年)という文献がある。
作者は山東京伝とされるもの。
これは当時の風刺などを紋の形状でパロディー化したものである。
この感覚に非常に近いものだと思った。


家紋とは何か
私は冒頭でも少し書いたが、これは非常に喜ばしいことだと考えている。
「家紋とはなにか?」
基本的な家紋の概念とは全く性質の違うものであるが、家紋に対して興味を持って頂けること自体、素晴らしいこと。
家紋とは読んで字の如く「家の紋」のことである。
厳密にいえば、「自分だけの紋」は家紋とはいわない。
「家の象徴の印」それがあくまでも家紋の定義であり、さらに「継承される」という特性がなければ、家紋としては成立しない。
堅っ苦しい言い方をすればこのハッシュタグである「現代家紋」という言い方は間違っている。
とはいえ、現代人は「家紋」というものを知らない方が非常に多い。
「家紋」が必要なくなった時代になってもう長い訳だから、致し方ないのかもしれない。
しかし家紋の歴史は千年という長い期間継承されてきている。
元々は文様だったものが一点の紋というデザインに集約され、デザインだけではなく、意味や意義を混め、継承していくもの、それが家紋。

今回取り上げた「現代家紋」で紋を楽しむのいい。むしろ大いに楽しんで欲しい。
でも、これをきっかけに自分の家の紋を知らない人はこれをきっかけに知って欲しいです。
そして次の世代に繋げて欲しいです。
これが私の願いです。




最後にちょろっと宣伝を。
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日本の家紋大事典
2014-02-06

京都着物まち歩き~平安京ゴーストバスターズ(染色補正森本企画)

2/2に染色補正森本の着物イベント企画として、
着物お手入れ講座&京都着物まち歩き」をおこないました。

大盛況でした。
午前の部は「京都着物まち歩き」
午後の部は「着物お手入れ講座」

今回、アフターレポートという形で、当日の様子をまとめました。
まずは「京都着物まち歩き~平安京ゴーストバスターズ」をアップしてます。
下記アドレスをクリックして是非ご覧下さいませ。

町歩きでは触れられなかった話なども私の視点で書いてます~

http://omiyakamon.co.jp/event/after/20140202/walk.html
プロフィール

森本勇矢

Author:森本勇矢


京都市在住。38歳。
本業である染色補正の傍ら家紋研究家として活動する。
京都家紋研究会会長。日本家紋研究会理事。
月刊『歴史読本』への寄稿をする他、新聞掲載・TV出演など。
著書『日本の家紋大辞典』(日本実業出版社)
家紋制作、家系調査などのお仕事お待ちしております。

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